『世界インフレの謎』(渡辺 努 著)

基本情報

目次

1.なぜ世界はインフレになったのか――大きな誤解と2つの謎

2.ウイルスはいかにして世界経済と経済学者を翻弄したか

3.「後遺症」としての世界インフレ

4.日本だけが苦しむ「2つの病」――デフレという慢性病と急性インフレ

5.世界はインフレとどう闘うのか

概要

イントロ

現在、先進国を中心に世界中で物価高が発生している。2020年からに端を発した新型コロナウイルスによるパンデミックは、各国の景気が後退とそれに伴うデフレを惹起させると予想されていた。
しかし、実際にはモノの供給不足から物価が上昇し、平時に戻りつつある現在もインフレが進行中だ。元日銀で物価理論のスペシャリストが、この「世界インフレ」の原因・メカニズムに迫っている。タイミングが偶然重なったこともあり、今回の世界的物価高の原因を、ウクライナ問題に求める見解がよくみられる。しかし、渡辺氏はそれに懐疑的だ。同氏によると、真の原因は、その前の新型コ ロナウイルス感染症対策としての、人々の「行動変容」にあるという。

内容

ポイント1.犯人はウクライナ問題ではない、人々の心だ

米欧主要先進国の物価上昇率は軒並み8~9%を記録している。こんな高水準は、近年珍しい。

世界がインフレに見舞われた2022年初頭に何が起こったかと聞かれたら、多くはこれが思い浮かぶだろう。

ロシアによるウクライナ侵攻

しかし、同氏は、戦争がインフレの主因ではないと考えている。なぜか。

米欧のインフレは、実は2021年春からすでに始まっていたから

2020年初頭、世界は新たなウイルスの脅威に直面した。生活は一変し、社会活動は急速に停滞した。

居住地域や日本全国の感染者数・死者数の情報を毎日のようにチェックするようになり、その情報を踏まえて、それぞれ自らの行動を変えていった。

たとえば、ある飲食店にクラスターが発生して、その地域の感染者数が急増したというニュースが流れたとします。そのニュースを見た近隣の地域では、レストランの予約キャンセルや、フィットネスクラブ退会が相次いだ。

こうしたニュースを見た個々人が、自らの行動を少しずつ変化させ、世界中で無数に積み重なっていった。その結果、飲食やホテル、レジャー、フィットネスクラブなど、サービス業全般が壊滅的な影響を受けた。サービス業は一国の巨大産業なので、GDP全体にも悪影響を及ぼした。

感染に関する「情報」を受け取り、人々は自主的に行動を変えた。すなわち、

情報が経済被害を生み出した

さらに同氏は、「恐怖心」が鍵だと考えている。上述の感染・死亡情報は、死を身近に感じさせるのだ。「恐怖心」が外出抑制(=行動の変化)に導いたのだ

リーマンショックでは、経済的な影響が伝播した。グローバルに密接して(しまった)金融・貿易のつながりを通じて、他国の危機が自国へと伝播した。

今回のパンデミックでは、経済的な影響の伝播はなかった代わりに、恐怖心が伝播した。ある国の人々が抱いた恐怖心が別の国の人々へ、それがまた別の国の人々へと、次々と伝播した結果、全世界が連動して経済停滞におちいったのだ。

上述の通り、2020年は、恐怖心による人々の行動変容が生じ、対面型サービスへの需要が落ち込んだ結果、各国でGDPが低下した。そのため、専門家の多くは、以下の仮説を持った。

「パンデミックにはインフレ率(物価上昇率)を引き下げる効果がある?」

どころがどっこい、2020年9月になると、米国の専門家はインフレ率の予測を上方修正するようになる。彼らはその後も見通しの上方修正を続け、2021年の12月には3%に近いインフレを予測するようになった。

少し経済に詳しい人であればこのように思うだろう。

「パンデミック初期にインフレ率は低下しているから、単純にリバウンドしたのでは?」

しかし、このインフレを紐解くと、パンデミック前にはなかったインフレ要因が推察される。

ここで改めて「恐怖心」に立ち返る。恐怖心をもつのは消費者だけでなく、労働者も同じだ。つまり、労働者も何らかの行動変容をするはずだ

同氏がこう考えているうち、米国で自発的な離職が増えているというニュースが出てきた。つまり、雇い主から解雇されるというのではなく、労働者が自らの意思で職場を去るということ。そうした例が増えていることを、雇用関連の統計データが示しているというのです。

米国では、パンデミック初期の景気悪化期に解雇やレイオフ(一時帰休)が急増したが、経済回復とともに求人も回復していた。ところが、それにもかかわらず人々が労働の現場に戻ってこないのだ。同氏は、これを「労働者の行動変容」と考えた。

労働者が確保できない背景はさまざまで、移民に目を向けると、感染拡大した時期に一時帰国した移民労働者がそのまま帰ってこないケース等が多い。

パンデミック2年目の米国でのインフレの犯人は、「恐怖心」に誘発された人手不足である。つまり、経済再開で労働需要は増加するにも関わらず、自発的離職が増えて人手不足が起こる。それによってモノやサービスの生産が十分にできず、供給不足におちいる。これがインフレをもたらしたのだ。

ポイント2.上がるべきものは上がっているのに、下がるべきものは下がっていないから物価は上がる

パンデミック当初、ステイホームを余儀なくされた人々は、消費の対象をサービスからモノへとシフトさせていった。自炊勢が増え、スーパーマーケットの売上が上がった。

そして何より重要な点は、この動きが一過性でなかったことだ。当初は、パンデミックのあいだだけの現象と評価されていたが、経済の回復が進む中でも、サービス消費は以前の水準に戻っていない。

これは非常に驚くべき事象なのだ。なぜなら、そもそもパンデミック以前は、サービス消費の割合が趨勢的に増加し続け、呼応してモノ消費の割合が低下し続けていたしかし、このトレンドがパンデミックで逆転してしまった。世界中でサービスからモノへのシフトが起こっているのだ。

モノ(財)やサービスの価格は、需要と供給のバランスで決まる。今、モノ産業は需要過多(=需要が供給を上回る)の状態だ。つまり、モノの価格は上がっている
翻って、サービス産業は供給過多(=供給が需要を上回る)の状態だ。つまり、サービス価格は下がっている

一方、米欧の消費者物価統計を見ると、モノ価格は激しく上がっていて、サービス価格はそこまでの勢いはないものの、こちらも上がっている。つまり、モノもサービスもどちらの価格も上昇する中で、モノ価格のほうが余分に上がることにより、モノ価格がサービス価格と比べて相対的に上昇している。

この理屈の背後には、「価格硬直性」という考え方がある。要は、価格の調整には時間がかかるという話だ。
さらに、最近の研究により、サービス価格はモノ価格より硬直性が高いと判明した。これは、サービス産業のコストの大部分を人件費(賃金)が占めており、その賃金が硬直的だからだ。実際、賃金は生活の基盤なので、それを頻繁に変更されては、安定した生活ができない。だからどこの国でも、賃金は硬直的になるよう制度設計されているのだ。

需要と供給の関係を考えると、サービス価格は本来下がるだ。しかし、価格が硬直的ゆえ、価格の下落は進みにくい。一方、モノ価格は本来上がるべきだし、実際迅速に上がっている。上がるほうはしっかり上がり、下がるほうはさほど下がらないから、全体として物価が上昇する

これが、米欧インフレの正体だ。

感想

渡辺努先生は、学生時代に授業を受けたこともあり、とても分かりやすくて驚いた経験がありました。力を入れて勉強したのですが、試験の成績は思っていたより低かったのがほろ苦い思い出です(笑)

内容としては比較的平易に書かれていますが、インフレの原因がウクライナ問題によるモノ不足というより、人々の行動変容に起因する部分が大きいというのは確かに面白い視点ですね。

産業がパンデミックによって打撃を受け、労働も制限されると、人々の給料(=購買力)が下がり、デフレになるのではないかというのが、多くの人の予想だと思います(私もそうでした)。

しかし、実際にそうはならず、「給料は上がらないのに物価は上がり続ける」拙い状況になっています。その理由も、「価格硬直性」で説明しており、納得感はあったと思います。

私も最近の物価高には驚いてばかりです。この間まで169円の牛乳が198円になっていた時は本当に危機感を覚えました。。

マクロ経済の復習になったのと同時に、収入の柱を増やして、目減りしない資産を持たねばと強く実感させられました。皆さんも税金や経済環境の変化に、大事な資産を奪われないよう、積極的に対策していきましょう!

それではまた~

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